ともだち
浦田雅也くん
(誕生~診断) 平成17年2月4日、2798gで元気に生まれました。
ミルクを飲む度に鼻へ逆流し飲みも悪くなかなか体重が増えない。
おすわりやはいはいも遅く独歩は2歳半の時でした。
3歳まで大学病院に通い様々な検査をしましたが原因が分からず、ついた病名は「原因不明の発達遅滞」・・その後千葉県こども病院を受診してみたところ粘膜下口蓋裂があることが分かり鼻への逆流の原因が判明。
4歳時に裂を閉じる手術をし逆流が軽減、同時に言葉の発達が進みました。
それでも体はなかなか大きくならず歩行は不安定で何かの病気であるのだろうと思いながらも肝心な事が不明でもどかしい日々でした。
同病院で診察やリハビリを受けながら経過観察を続け、5歳時には両足尖足の手術(筋肉解離術)を受け歩きやすくなった事で駆け回って遊びました。
7歳時に千葉大学医学部付属病院への受診を勧められ、そこでコケイン症候群と診断されました。
(集団生活と療育) 1歳から保育園に通い、小さい体で沢山の刺激を受けながら友達や先生と楽しい日々を送りました。
体調を崩す事も多かったですが、様々な経験が成長に繋がり出来る事が増えていくのがとても嬉しかったです。
3歳からは並行して月1回言葉の教室に通い言語力認知力を養い、病院でのPT・OT・STのリハビリを頑張っていました。
小学校は特別支援学校へ入学。
体力もつき体調を崩す事も殆どなく、学校大好きで毎日楽しく通う日々。
字を書く事の楽しさを知り学校の勉強も頑張ってるようです。
現在月1回のペースで障害児学習塾に通い文字や数の勉強をしています。
病院でのリハビリも継続中。
発語の不明瞭さは手話やジェスチャーでカバーしお喋りを楽しみ中。
中学部になった今、思春期を迎え反抗的な一面もありながら色々な事を頑張っています。
雅也は人と関わる事が大好きで好奇心旺盛、面白い事を見つけるのが得意なおちゃらけキャラです。
物怖じしない性格でこちらがヒヤヒヤする場面も多し・・・。
でも必ず誰かが何かが助けてくれる幸運の持ち主です。
困難な事も沢山ありながら周囲を笑顔にする我が子のパワーと不思議な力に親は勇気と幸せをもらっています。
今後も色々な事に挑戦しながら元気に過ごしていけるよう見守っていきたいと思います。
はじめまして 佐藤 翼です
誕生から診断まで
平成1年3月22日 難産で最後は吸引分娩でした。身長49cm 体重3076g
『翼』という名前は、大きな翼で力強く羽ばたく鳥のように、明るい未来に向かって夢と希望を持って生きて欲しいと願い名づけました。
初めての育児に不安で育児書を頼りに必死でした。あまり泣かなかったし、よく寝る子でミルクもあまり飲まない子でした。首がすわり、寝返りをうち、腹ばいまでは順調でした。その後から 少しずつ発達が遅れ始めて、お座りが出来たのが一歳近く、一歳半でも独歩できませんでした。
一歳半検診で要検査になり病院で頭部のCT検査を受けました。結果、脳性マヒの疑いですぐに千葉県リハビリセンターで詳しい検査を受けました。
毎週のようにCTや採血、眼科検査、聞こえの検査、整形外科など小さな腕に注射をたくさん刺されて辛い日々でした。脳性マヒと誤診され、リハビリのため PT・OT・ST 療育の日々がスタートしました。低身長から小人症を疑われMRI検査を受けに行った千葉県こども病院のドクターにコケイン症候群(CS)を指摘され、皮膚組織検査などでCSが確定しました。とても短命な病気でせいぜい12歳位までかなと言われ頭が真っ白になりました。 なんで・・・。
でも頑張って20歳を迎えましたけどね!やった~!目標達成!もうお祭り騒ぎでスーツを誂えました。20歳を超えて頑張っている子が一人しかいなかったからです。これから先は徐々にいつ何が起きても仕方ないゾーンです。どの位の時間が彼に残されているのかわかりませんが毎日を大切に過ごそうと改めて思いました。
療育と教育
船橋市東簡易マザーズホーム 療育の日々 独歩2歳9ヶ月
船橋市立さざんか学園 お散歩と生活自立の訓練
船橋市立高根台保育園 (年長組) 障害児枠で一年通園 この一年でものすごい速さで言葉を覚えました
船橋市立幸町小学校 (特別学級) 毎日歩いて登下校 補助輪付き自転車で走り回るのが好き
3歳半頃から小学6年生まで、私塾『こばと治療療育センター』で学習をサポート
してもらい、ひらがなの読み書きと簡単な漢字の読み、時計、少額のお金のこと
日常生活で必要なことを習得できました。 ゲームボーイのスーパーマリオ6つの
金貨が大好き。
千葉県立桜が丘養護学校 (中学部~高等部) 学校で機織り作業 16歳で車椅子を作成 歩行器や自転車で走り回る
通所施設 たかね園(18歳~21歳) 軽作業や生活支援を受ける
通所施設 若葉いずみの里(21歳~) 病状が進み肢体不自由の施設に移動(3か所を日替わりで通所)
通所施設 びぃ~ほ(25歳~30歳) インスリン注射が必須になると他施設での受け入れが難しくなり最終的に
こちらの一か所にお世話になる
進行する症状
小脳虫部形成不全 (就学時は階段が登れなかったのですが毎日訓練して出来るようになりました。)
遠視 乱視 白内障 最近、緑内障の疑い?眼圧があがり 目の激痛を訴えることがありました。ドライアイで角膜に傷が入り点眼は欠かせません。網膜色素変性症もあり、夜盲あり。
難聴 測定不能で補聴器を付けてもダメみたい。筆談などで意思疎通しています。
肝臓の GOT・GPTの数値が高く ウルソを服用。尿酸値も上がり ユリノーム・ウラリットを服用。
呼吸 普段から呼吸が浅かったですが、呼吸検査をしたところ傾眠傾向時に常に無呼吸時がありました。
21歳 嚥下障害で胃ろうを造設。その後食後高血糖でインスリン注射が必要でした。
母の前を行く翼くん
とにかく翼くんは性格が明るく活発な子です。ひょうきん者で周りの人たちに可愛がられています。おかげで私もずいぶん救われました。感受性が豊かで花や夕日を見て『綺麗だね』なんて言います。
好奇心旺盛でいろんな事をやらかしてくれます。今は手すりを伝って歩くのも大変になり車椅子が多くなりましたが、中学部までは装具を履きながらも独歩していましたし、補助輪付の自転車で一人で出掛けては思いがけないことをやらかしてくれました。とにかく人と関わるのが大好きです。
聞こえなくなり楽しめることも減ってしまったけれど、翼が毎日楽しく生活してくれるようにするには私は何をしたら良いのか?翼は何を望んでいるのか?まだまだ見つからずにいますが二人で探していきます。
私にとってのCSネットワークの存在はとても大きいです。キャシーさんの善意から始まって私のところに繋がるまでは、こんな大変な病気の子供を抱えてどうやって生きていこうか?毎日悲しみと絶望の日々でした。でも同じ仲間を見つけて一人じゃないんだ!子供達も皆明るく元気に毎日を生きている!頑張ろうと思うことができました。医師の予想を裏切り元気に二十歳を迎えました。私と翼が今日も一日頑張れたのはCSネットワークがあったからです。もしまだ一人で悩み苦しんでいる家族がいたら勇気を出してノックしてみてください。この先もっと悲しい出来事があってもきっと乗り越えていけれると思えるのはネットワークの皆のお陰です。ありがとうございます。翼のことも他の子供達も是非応援してくださいね。
佐藤 翼 (母 由紀子)
2019年9月21日、30歳でこの世を去りました。自宅にて最後の時を迎えたく訪問医・訪問看護士・理学療法士・ヘルパー事業所の皆様に支えられ、この家族会の5人のママと2人の子供たちがお見舞いに訪問してくれて、楽しく会食中にスッと抜けてしまいました。美味しいごはんの匂いや楽しい笑い声を聞きながら『母ちゃん、今なら大丈夫だね。』と最後まで私が辛くないように考えてくれた男前な翼くんでした。私をあなたの母親に選んでくれて、多くの学び、たくさんの愛を与えてくれて本当にありがとう。あなたは私の誇りであり、生きる支えでした。あなたの姿が見えなくなった今は、あなたを抱きしめることができずに寂しいけれど、ずっと繋がっているとわかるから大丈夫です。そして他のコケインの子供たちが楽しく人生を全うして、そしてまたその家族がいつか迎える寂しいときを乗り越えていけるように。分かち合い、支え合う愛のリレーがずっと続きますように。